<1>姉さんと私と彼<3>マコちゃんと見田村さんと私

2013年12月24日

<2>見田村さんとおにいちゃんと私

 現時点で私が知ってることと言えば、彼が未来で姉さんと結婚しているということと、彼が見田村という苗字であることと、それらにまつわるいくつかの事柄についてだけだ。

 なにしろ、初めて彼が私の前に現れたのは、ほんの数時間前のことでしかないのだから。



 突然、机の引き出しから現れた彼に、正直なところ私は、件の青いロボットよりも、実話怪談の本で読んだ『扉の隙間からするりと身を滑り込ませてくる女の幽霊』を思い出していた。

がらり。

「いやぁ……どうもぉ」
 その時、部活のブラスバンドで使う楽譜を台紙に貼り付ける作業をしていた私は、
「いやああああ!」
叫びながら、持ってたカッターナイフを彼に突き立てていた。

ぐさっ。

 その感触と、

「ひぃぃ」

遅れて聞こえてきた呻きに
(あれ、これって幽霊なんかじゃないんじゃ?)
と思ったのも事実だったのだが
(ま、不審者は不審者だし
ということで、それから三回、私は同じ動作を繰り返した――ぐさっ、ぐさっ、ぐさっ

「痛い…痛い…痛い…痛い…」

淡々と連呼する泣き声に、ようやく、
 
(ま、こんな奴、どうとでも出来るか)

と落ち着きを取り戻したところで、彼に引き出しから部屋に足を踏み入れることを許可し、ついでに傷の手当てをしてやりながら交わしたのは、こんな内容の会話だった。

自分は未来人なのだと彼は言う。

「いやあ、私、未来から来たんですけどね。西暦二五〇〇年から
「二五〇〇年って、やけにきりがいいところから来たものですね」
「まあ、正確には二四九八年の一二月三日からなんですけどね」
「そこまで細かい日付は必要ないです」
「まあ、想像もつかないでしょうけどね、未来は酷い女日照りなんですよ」
「へえ。二一世紀でも男性は大変みたいですけどね」
「そんなの比べものになりませんよ。だって、男一〇〇人に女性が一人って割合なんですから」
「大変ですねー。どうしてそんなことになってしまったんですか?」
「いやそれがですね、二三四五年七月七日――七夕にえらいことが起こったんですよ」
「ですから、細かい日付は必要ないです」
「では二四世紀半ば、地球に到来した宇宙の…」
「宇宙の…(宇宙のUSA的超大国とか?)」
宇宙のジャニーズ的大帝国!
「ジャニーズ…」
「これがまさにジャニーズ! って感じの美少年揃いの帝国でしてね、地球の女は、みんなそっちに『ばー』っと持ってかれて、奴らの円盤で、宇宙に連れてかれてしまったんですよ」
「あの…その言い方だと、もの凄く大ざっぱなビジュアルしか浮かんでこないんですけど」
「そこで残された、我々地球の男が考えたのが『過去の世界に行って、本来なら事故で死ぬはずだった女性を、彼女達とそっくりに作ったニセモノの死体と置き換えて未来に連れて来ちゃおう大作戦!』
「これはまた、ひどく説明的な名前の作戦ですね」
「ええ。まあ、詳しくはこんな感じで」

と、見田村さんが指を鳴らすと同時に、その仕草のあまりの陳腐さに苦笑しかけていた私の頭に、こんなイメージが流れ込んできたのだった。


・飛行機が飛んでる
・機内でくつろぐ人々
・突然、機内に現れる黒い穴
・そこから飛び出てくる黒ずくめの男達
・混乱する機内
・そこから、女性だけを選んで穴に連れ込む男達
・穴の中には、連れ込まれた女性達とそっくりの人形
・人形を機内に運び込む男達
・男達、再び穴に消える
・穴も消える
・事故でばらばらになる飛行機
・新聞の一面に踊る『生存者無し』

● ●

「そうして、未来の世界に連れてきた女性とですね、応募してきた男性がお見合いして、うまくいけば結婚が決まると、そういうわけなんですけど」
「それで?」
イヤな予感がした。

「ええ。つまりですね、私もそうやって妻を得た者でして、その相手というのが、」
姉さん?」
「はい」
「で、あなたがいまここに来てるということは…」
「はい」
イヤな予感、的中。

「そうですか…」
やっぱり、未来でもやらかしてるわけだ。姉さんは。

「それで、過去ではどういう暮らしをしてたのかと――素行調査?
「はい」ということは、

(ああ、姉さん、死んじゃうんだ……)

でも私の感慨など、それくらいのものだった。
まあ、未来とはいえ、生きてるわけだし。
死ぬって言っても、いまの時代で死んだことになるだけで、本当に死んじゃうわけじゃないし。

「ちなみに、タイムパラドックスとかいった類の面倒なコトは起こりませんので、ご安心を」
と、見田村さんが言うのに、
「そうですか」
と、返事をしたのは、別に彼を信頼したからとかじゃなく、単純に頭が疲れてしまっていたからだった。

「ところで、男性は助けなくて良かったんですか?」
「え? どうして男なんて助けなくちゃならないんですか? ただでさえ余ってるっていうのに…あれ、どうしました?」
「いえ…何でもありません」
 確かに何でもない。
 ただ、見田村さんを含む未来の男性が、女性達に棄てられてしまった理由が、なんとなく、分かってしまった様な気がしていた。

● ● ●

「えーと、とりあえず……」既に頭が疲れてしまっている私よりは「こういう話について、伺うのに私より適任だと思われる人物がいるのですけど」
「ほう? で、その方はどちらに?」
「あちらに」
うへえ……
 
『あちら』と私が指さした先は隣の家の二階で、ちょうど私の部屋の窓と面した窓の隙間から、ちらっちらっとこちらの様子を覗ってる、不審なことこの上ないその人こそが、いま私が言った『適任だと思われる人物』なのだった。
 
「隣の、吉田さんのお兄ちゃんです――姉さんとは、同級生」
「いやこれはまた同じ人類とは思えない
「失礼ですね……ただ彼は、デブでクソみたいなオタクというだけですよ」
「クソ…」
「クソみたいなうんこオタクですから、きっとこういうSFっぽいお話も、抵抗無く受け止められるのではないかと思うのです」
「はあ……」
「では、行きます」
 
 私は見田村さんを引き連れ、窓から窓へ、直接、吉田さんのお宅にお邪魔した。

「ま、ま、真琴ちゃん…」

 お兄ちゃんは、ガクガクブルブル震えていた。顎を震わし、その振動がどう伝わったのか、お腹や太もももぷるんぷるん震えている。
 その姿に、

「あ、あの、こちらの方が…ほお」

見田村さんも不安になった様子だった。
私は、それを吹き飛ばすべく、こう説明した。
 
「大丈夫。今日は姉さんはいないから。見田村さん。お兄ちゃんはですね、中学生の頃、こうして窓を伝って部屋に入ってきた姉さんに、なんかムカつくという理由で、毎日、ぼこぼこにしばかれていたんです。そのトラウマで、デブとオタクのスパイラルに入ってしまったんです」

「ひ、ひどいよ真琴ちゃん」
 私の非の打ち所もない客観的な説明を聞いて、涙目になるお兄ちゃん。 
「ひどいと思うなら、もっとしっかりして下さい!」
「はい…」
 お兄ちゃんは、まだ震えている。
「嘘つき…」
「え?」
「何でもないです…今日は、お話があって来たんです」

 というわけで、お兄ちゃんに事情を話した。

 私も既に聞いた見田村さんの話に対する彼の感想は一言、

「ヴァーリィのパクリじゃん」

というもので、意味は解らないのだが、オタク特有のえらそうな口ぶりに、なんだかムカッとくる私だった。
 でも流石にオタクだけあって、お兄ちゃんの突っ込みは、なかなか鋭いものなのだった。
 
 例えば、事故から連れ出した女性の代わりに置いてく人形について、
「ただの人形だと、いくらバラバラになってもすぐばれちゃいますよね。そこらへん、どうなってるんですか?」
とか。これに対する見田村さんの答は、
「これです」
と、ポケットから取り出した、なんだかよく解らない肉のかたまりの様なものだった。
 それを私に見せつけた後、

「オラ!」

と見田村さんが手を叩くと、その『肉のかたまりの様なもの』は、みるみる嵩を増し、一秒も経たないうちに、
「私だ……」
私そっくりになって、私の前に立っていた。
「私だ……」
肉の方も、驚いてるみたいだった。

 見田村さんは言った。
遺伝子レベルで肉体をコピーし、また、記憶も複写しております」
「でも服までは無理なんだ…」
そう言って、みるみる顔を赤くするお兄ちゃんを、私は、咄嗟に殴りつけていた。
「照れないで下さい!」
「うんべふっ!」
肉も、全裸の肌を両手で隠しながら叫んだ。
「見ないで下さい!」
そして蹴った。
「ほばらひっ!」

 そんな私たちを見て、こほんと咳払いする見田村さんに、涙を吹きながら、再びお兄ちゃんが尋ねた。

「だったら、これでコピーした女性を未来に連れて帰ればいいんじゃないですか?」

とか、だったら、複製元を事故死した女性に限定することもないんじゃないか、とか、そもそも未来の地球に残っている女性をコピーして増やせば、過去に来る必要も無いんじゃないか? とか。
見田村さんも、再び、こほんと咳払いして答える。

「これは、そういった『縛り』を設けることで、初めて使用が許されるようになったモノなんですよ。使用出来るのは過去の世界限定――つまり未来では使用することが出来ません。そして倫理的な観点から、過去の世界で複製に使ったこれを、未来に持ち帰るのも禁止されています

「ふーん、大変なんですね」
「一応、見分けるためにですね、つむじのところに一〇円玉サイズの禿げを作ってあります」
「じゃあ、元から禿げてる人は?
「……ちなみに『オラ!』と言ってコピーしたこれはですね、使った本人が、こうすることで再利用が可能になるのです」
と言って、見田村さんは、
 
「ドラ!」

と手を叩いた。
すると、ちらちらそっちを横目で見ながら、なんだか黒い渦巻きみたいな気持ち悪いものを全身から発していたお兄ちゃんを、再び足でげしげしやろうとして、「いやぁん」と初めて自分が全裸であることに気付いたかのように顔だけ真っ赤になり、ぺしゃんとしゃがみこんでた私のコピーが、見る間に爪先から煙になって、数秒後には見田村さんの掌で、元の『肉のかたまりの様なもの』に戻っていた

 それを見て、
「えええ~」
とお兄ちゃんが残念そうな声を上げ、
「どうですか!?」
と見田村さんが自慢げな顔になった。

そんな二人を軽蔑しながら、なんだか、私はとても大切なことを忘れてしまっているような気がしていた。
ああ、そうそう。

「ところで見田村さん。姉さんの素行調査って、何をするんですか?」



bennym at 08:28│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ライトなラノベコンテスト | 彼の未来にも

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