<2>見田村さんとおにいちゃんと私<4>結婚と残酷と交通事故

2013年12月25日

<3>マコちゃんと見田村さんと私

そして数時間顔の現在…………



おちんち~ん
というわけで、見田村さんは引き出しに戻り、姉さんが私の部屋に入ってくるのを待ち、そしてやってきた姉さんは、このザマだ。
おちんちん、おちんちん、おちんちん~ん。ははははは。おかし~い!

 おかしいのは、あんたのアタマだ。
 きゃはははは、と笑う姉さんの、この有り様に、見田村さんは何を思うのだろう?

うふふ…

静かに、彼は微笑んでいた。

(つまり、この惨状を微笑んで受け止められるほどのものが、二人の間――いや、)

ひとしきり笑い転げ、それでもう、姉さんは見田村さんに飽きてしまった様だった。
いきなり指さすと、叫んだ。

あ、窓開いてんじゃん!

 姉さんが視線を向けるなり、わずかに開いてた隣の家の窓が、ぴしゃりと閉められた。
 そして内側から、がちゃがちゃ言ってるのは、きっと慌てて鍵を閉めようとしているからに違いない。
 どうやらそれは間に合った様で、

おい! 開けろ! クソ虫!

がんがん窓枠を叩いても、姉さんの呼びかけに応え、お兄ちゃんが窓を開けることはなかった。
それならそうで――
姉さんが、私を振り向いて言うのだ。

ねえ真琴。お願いしていい?

 もう、誤魔化すというか気を遣い続けることは出来ない。
 隣の家に行って、お兄ちゃんの部屋の窓を内側から開け、姉さんがそこから中に入れるように工作しろと、姉さんは私に命じている。

 そしてそんなの、私には簡単。

 だって、姉さんが中学生だった頃、毎日の様に従ってきた命令だ。
 そして、回数を減らしこそすれ、いまもそれは続いている――

でも、もう…違うんだ

でも未来の彼女の夫である見田村さんに、姉さんとお兄ちゃんの関係をさらけ出してしまうのは、耐えられなかった。彼にも分かるはずだ。違う――見田村さんは、きっかけだ。ずっと言いたかった、その言葉を口にするための、きっかけに過ぎない。もう、ずっと前から、私は。

 私は――これ以上、姉さんとお兄ちゃんの嘘に付き合いたくはなかった。

嫌です」ついに、言った。

「え?」と姉さんが固まる。
「どうして?」と訊く。

「どうしてって…姉さんが、そんなことも分からない人だからです!」

「だって…どうして? 分かるわけないよ」

「ああ」、そうか――私のせいなんだ。
私が、一度もこんなこと、話したことなかったから。
嫌いです
だったら、言ってしまおう――「みんな、嫌いです

「みんなって…私のことも嫌いなの?」

言ってしまおう。

「みんな自分勝手で、姉さんもお兄ちゃんも嘘ばっかりで、姉さんは変なことばかり言って、恥ずかしくて、わがままで、乱暴で……嫌いです! 私が一番大嫌いなのは、姉さんです!」

 とうとう、私は言った。
 ずっと思ってたことを、言ってしまった。
 
 これまで、ずっと怖かった。こんなことを、言ってしまうのが怖かった。でも、心配することなんて、何も無かった。だって、姉さんは――どうして…。ねえ、どうして? どうして…真琴。いつから私のこと嫌いだったの? ねえ、いつから私のことそんな風に思ってたの? ねえ、どうして、どうしてよ。どうして…真琴?

「どうして、真琴…どうして、泣いてるの?

出てって下さい!

ドアが閉まって、ドアノブも戻って、足音が遠ざかって、消えた。
顔を上げると、やはり見田村さんは微笑している
私は、確信していた。
 
(つまり、この惨状を微笑んで受け止められるほどのものが、二人の間――いや)

 見田村さんには、そういうものがある。
 それは、ずばり姉さんへの――涙を拭き、くるり回って背を向け、音がしない様、気をつけて鼻をかみ、また回って、再び見田村さんに顔を向け、私は言った。
 
「未来では、姉さんはどの様にすごしているのですか? 見田村さん」

「それはね…これを見てくれるかな?」
 問いに対する答えは、ポケットから取り出されたスクリーンだった。

 名詞を少し大きくしたくらいで、未来の品である割には、そんなに小さくない。でもどれだけ技術が進んだところで人の手の大きさは変わらないだろうし、目が一ミリにも満たない文字を正確に読み取ることが出来るようになるとも思えない。だから、それは当然のことなのかもしれない。
 
 画面の中の姉さんは、いまより大人っぽくて、きれいだった。彼女は言った。

マコちゃん…

繰り返し言う。マコちゃん、マコちゃん、マコちゃん………それだけで、充分だった。

 私には、それで――充分。

 何かを待ってたのだろうか?
 ずいぶん間を開けて、見田村さんが言った。
 僕はね―― 

マコちゃんを、迎えに来たんですよ」と。


 この家のどこかにアルバムがある。
 そこには、まだ痩せてて可愛らしい顔をしたお兄ちゃんと、姉さんと、私が写った、そんな写真が何枚も収められているはずだ。

 みんな笑っている。
 姉さんから、いずれお兄ちゃんに振るわれることとなる暴力の陰は、少しも見られない。

 そして、写真の中で――あの頃の私は、こう呼ばれていた。

マコちゃん」と。

みんなが私のことを、「マコちゃん」と呼んだ。

「マコちゃん」が、あの頃の私の呼び名。

「マコちゃん」――



bennym at 08:09│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ライトなラノベコンテスト | 彼の未来にも

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