2013年12月26日

<4>結婚と残酷と交通事故

この家のどこかにアルバムがある。
そこには、まだ痩せてて可愛らしい顔をしたお兄ちゃんと、姉さんと、私が写った、そんな写真が何枚も収められているはずだ。

みんな笑っている。
姉さんから、いずれお兄ちゃんに振るわれることとなる暴力の陰も、まだ見られない。

そして、写真の中で――あの頃の私は、こう呼ばれていた。
マコちゃん」と。
みんなが私のことを、「マコちゃん」と呼んだ。
マコちゃん」が、あの頃の私の呼び名。

マコちゃん」――
 


見田村さんは、言った。
彼の微笑は、変わらない。
 
「マコちゃんを、迎えに来たんですよ」

私は、理由を訊かなかった。
それは、画面の姉さんの顔を見れば、分かりすぎるほど分かった。

姉さんは、見田村さんのことなんて――
それなのに見田村さんは、姉さんを映し出してた画面を、大切そうに手のひらで包み、布で覆ってポケットに収める。
 
遅れてやってきた疑問は、とっくに答えに追いつかれていた。

映像を見せるだけなら、ついさっき、飛行機から女性を救い出す映像を見せた時みたいに、指を鳴らして、直接頭の中に送り込めば良かったのに。
そうすれば、こんなスクリーンなんて持ち運ぶ必要なんて無いのに……

なのにそうしなかったのは、それは――まるでペンダントに写真を収める様に、見田村さんにとってそれが、姉さんの映像が、とても個人的な、大切なものだったからだ。
 
姉さんは、愛されている。
自分はちっとも愛されてなんかいないのに、姉さんを、見田村さんは愛している。

これほどまでに姉さんを愛しているのに――どうして?

マコちゃんを、迎えに来た』だなんて……

私は困惑した。
目の前の見田村さんが、どんな顔をしてるのか解らなくなりそうなほどに。
ぼんやりしたり、はっきりしたり。
見田村さんが、遠くなったり、近くなったり。

どれくらい経ったのか――私は訊いた。
 
「どうして、『現在』なのですか」と。

でも見田村さんの答えは、

「言ったでしょう? マコちゃんを、迎えに来たんですよ」

やはり、それだけなのだった。

● ●

推測する――考える。
最後は、浮かんでくる言葉をひたすらマトに投げつける様な、そんな行為になってた。

でも、なんとか考えをまとめた。

結婚とは、そうしなければ人を増やすことが出来ないから生まれた制度で、だから『現在』の女性には耐え難いまでに理不尽で、残酷なまでな実用性を、その始まりに含んでいる。
 
そして、見田村さん達、『未来』の人が行っている行為も、それと同じ残酷さを持っている様に思えた。

突然、連れてこられた場所が未来だと聞かされ、そして『あなたは命を落とすはずの人間だったのだ』だなんて説明されても、すぐに受け入れられる人は、ほとんどいないだろう。

受け入れたとしても、それは理解したに留まるはずだ。
感情は違う。
本来進むはずだった未来への道をねじ曲げられてしまったと、そんな風に感じる気持ちを、完全に消してしまうのは難しいに違いない。

心がそんな状態で、人を好きになることなんて出来るんだろうか?

姉さんだって――だからって、

「どうして、『現在』なのですか?」

「どうして、『現在』に答えを求めなければならないのですか?」

「『マコちゃん』を未来に連れて行って、姉さんに会わせて、それでいいのですか?」

「これは未来で――あなたの『現在』だけで、答えを求めるべき問題ではないのですか?」

「あなたと、あなたの愛する姉さんだけで――それから、」

「私では、だ…め……」

言葉を言い終えられず、すっと引きこまれる様に、私は眠りに落ちていった。

(それで、あなたは良いのですか?)

心で呟く私に、見田村さんが微笑している。

(それは、姉さんをあなたから奪ってしまうことになるのですよ?)

夢とか、心の中とか、自分がどこにいるのか、どこでだか分からない場所で叫んだ私に、見田村さんが微笑みかけている。
 
最後に目に映ったのは、見田村さんの手のひらの『肉のかたまりの様なもの』。
この時になっても、まだ私は、気付いてなかった。
見田村さんの、微笑みの意味を。
姉さんだけでなく、私にもその微笑が向けられてたことを。

姉さんだけでなく――

● ● ●

――姉さんより先に、私が。

私が事故に遭ったのは、その日の午後五時三〇分。
仕事中の母から電話を受け、頼まれた買い物に行った帰りのことだったらしい。



bennym at 21:43│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote ライトなラノベコンテスト | 彼の未来にも

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