<4>結婚と残酷と交通事故<6>私と机と、お人好し

2013年12月27日

<5>事故と私と誤解


私が事故に遭ったのは、その日の午後五時三〇分
仕事中の母から電話を受け、頼まれた買い物に行った帰りのことだったらしい。


軽自動車とトラックに挟まれた胸は潰れ、肋骨かと思って取り出された細長いものは、自転車のサドルの一部だったとのことだ。



床に、手術室のサインが光を落としている。
廊下には姉さんと、職場で連絡を受けた父と母。
離れた階段の脇に固まってひそひそ話をしているのは、事故を起こした軽自動車とトラックの運転手と、彼らの関係者。

携帯が鳴った。

「あんたなあ、」と叱責する声を、トラックの運転手は、太い腕で制した。
着信ボタンを押し、彼は、

「ああ、優子か。ごめんなあ。お父ちゃんなあ、今日、遅くなっちゃうんだよ。ごめんなあ。誕生日なのになあ。ほんとになあ。プレゼント、ちゃんと買ったからなあ。優子なあ…」

後に私は(そういうことだったのか…)とこの時のことを思い出すのだけど、その日は彼の娘さんの誕生日で、トラックの助手席にはプレゼントの縫いぐるみ(身長一メートルのゴリラ)が置かれ視界が悪く、それが原因で事故が起こったのだという。

それはいいとしてだ。

オマエのオヤジは人殺しだ! オマエは人殺しの娘だ!

目の前でこんなことを言われた人は、娘に対してこんなことを言われてしまった親は、どうすればいいのだろう?
そして、こんな叫びをあげる娘に、彼女の両親は、どうしたらいいのだろう?

答えは、誰も出せなかった――要らなくなってた。

別の答えが、慰めの言葉が必要になってた。
運転手から奪った携帯を握りしめ、姉さんは、声を押し殺して泣いた。

真琴…死んじゃったら、意味ないよ。私が良くなっても、意味ないじゃん…

泣いてた。

私は、それを見ていた。

私の背後で、エレベーターの扉が閉まる。
目が覚めると手に握らされてたメモ。
それを見て、従い、病院を訪れた私の目の前で、そんな場面が展開されていたのだった

あれ…真琴。あれ?

姉さんがしゃがみこんだ。
姉さんだけではなく、廊下にいた全員が、

あわわわわわ…

私を見て腰を抜かし、ある者はその場に尻餅をつき、またある者は壁をひっかきながら、へなへなずるずると床に崩れ落ちていった――その光景に、私も腰を抜かしていた

はわわわわわわ

最期に、「ふざけるな!」とか「わけ分かんねーよ!」とか怒声をあげながら、手術室から出てきた医師達が「どういうこと?」と目を丸くする。
彼らの後から看護師さんに押されて出てきたストレッチャーには、誰も乗っていなかった。
私のすぐ側を、煙が通り過ぎ、階段へと消えていった。

どこかで、『ドラ』と声が聞こえた様な気がした。

それは、コピーを元の『肉のかたまりの様なもの』に戻す呪文だ。

それからしばらく経ち――

医師の一人が「まあ、よく分かんねーけど、そういうことならな、まあ、本当、よく分かんねーけどな、まあな、良かったな」と涙を拭きながら手を差し出すのを、私は握りかえす。

「ありがとう」

と、素直に声に出してた。

本当によく解らないのだけど、つまりはそういうことなのだった。



整理してみよう。
私は、事故に遭い、命を落とすはずだったのだろう。
その私を見田村さんは眠らせ、代わりにコピーを事故現場へと送った――でも、ここにいる。
私は、いま『現在(ここ)』にいる。
どういうことなのだろう?

自分の言った言葉を、私は反芻していた。
私が、三田村さんに言った言葉だ。

(あなたの『現在』だけで、答えを求めるべきではないのですか?)

つまりは、そういうことだったのだろうか?
本当に、見田村さんは、この『マコちゃん』を――私を未来に連れて行くつもりだったのだろうか?

マコちゃんを、迎えに来た』と、確かに見田村さんは言った。

それは、私を未来に連れて行くということだったのだろうか?
そしてそれを、諦めたということなのだろうか。

だったら――私は考え違いをしていたということになる。
だったら……でも、

あれ、真琴ちゃん?

階段を上ったところで、お兄ちゃんが目を瞬かせていた。
きっと、姉さんに呼び出されて来たのだろう。

ま、そういうことですから

言いながら、私は彼の顔を眺めていた。
性格には、彼の頭部――つむじのあたりを。

後ろから、手を握られた。
そっと――「ごめんね」と。

同じ言葉を、私は上手く言えなさそうで、姉さんの手を握り返すだけだった。
だから、心のなかでだけ言った。

ごめんね

bennym at 08:10│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ライトなラノベコンテスト | 彼の未来にも

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