2013年12月28日

<6>私と机と、お人好し

結局、残ったのは、姉さんがいずれ事故に遭うだろうという事実。
それから――「どうしようか?
 


この秋、姉さんは外国に行く予定になっている。
 
そしてこれは、私とお兄ちゃんだけが知る予定。おそらく姉さんは、その途上の飛行機で事故に遭い、命を落とす――正確には、未来に連れて行かれる
 
とにかく、飛行機に乗せさえしなければいい――便をずらすとか、そういったことは出来ないだろう。姉さんが事故に遭った飛行機がどの便かは、お兄ちゃんも私も聞いてなかったし、それに、そういったことの結果として、逆に姉さんを事故を起こす便に乗せてしまうことになる可能性もある。

姉さんは、子供のころ患った内臓の病気に、いまも障られている。日常生活には支障を来さないものの、将来、子供を産んだりする時には、命の心配が必要になるだろうという病気だ。

日本では、治せないらしい。
だから、いずれは外国で治療を受けなければならない。
そして姉さんは、船旅には耐えられない身体だ。
 
しかし、姉さんの乗った飛行機は………

でも、
「このままで良いわけ無いよね」
と、私たちは頷きあう。

「未来なら、きっと治せるはずだよ」

これが私とお兄ちゃんの結論で、この結論に至るまでに、何度も議論し、顔を見合わせ溜め息を吐いたりもした。これが原因で、お兄ちゃんと私と、私たちの関係を誤解した姉さん――三人の間で、ぎくしゃくした空気が流れたこともあった。

「マコちゃん…」

あの画面の中で、そう呟く姉さんの、繰り返された『マコちゃん』の、その内ひとつくらいは、あのとき喧嘩したことを後悔してのものだったのかもしれない。

「おら、この油壺マリン豚が!」

今日も姉さんは、窓を伝い、お兄ちゃんの部屋に飛び込んでいく。
 
「うあああああ…」

と悲鳴があがる。

さて、いつ頃だろうか?

女という生き物は不思議なもので』とか『好みのタイプと好きになる人は別』とかいった俗っぽい言葉の意味を、私が初めて実感したのは、さて、いつの頃のことだっただろうか?

姉さんは、公言する通りの美少年好きだ。
そして彼女の不幸は、実際に好きになってしまったのが、好みのタイプとは正反対の、醜く肥え太った、あのデブのクソみたいなオタク野郎のお兄ちゃんだったということだ。
 
お兄ちゃんに対する姉さんの暴力は、人生の不整合とでも言うべき、このアンビバレンツから来ていたものなのではないかと思う。

だからって、姉さんの性格の理由までそれに押しつけてしまうのは、無理だと分かっている。

どかんと、窓越しに聞こえる打撃音。
一瞬、お兄ちゃんのことが心配になる。
でも、あれは違うな。

姉さんの繰り広げる暴力の饗宴に長年付き合わされ続けて来た私には分かる――あれは、偽物だ
あれは決して、拳や爪先が人の肉を打つ音ではない。
おおかた、床を踏みつけでもしたに過ぎないのだろう。
単なる、カモフラージュだ。
カモフラージュって、何の?
言うまでもない

(キスって……飽きたりしないものなのかな?)

 それが、いつ頃だったのかは分からない。ただ、正確に言うなら二年前の一二月七日。その日を境に、お兄ちゃんの部屋から伝わる打撃音は、音色に明らかな変化を現していた
 
おそらくその前後なのだろう――姉さんが、自らの気持ちを認めざるを得なくなったのは。

その頃だ――中学に入る頃から使われなくなってた私の呼び名『マコちゃん』が、お兄ちゃんに与えられたのは。

がん、とまた音がして、これも打撃音とは違う。
 
でもカモフラージュと安心してると、時々、昔そのものの真剣に殴ってる音に戻ったりもするので、そうしたら、私は窓に飛び込んでいかなければならない。
 
もっとも、そんなこと、ほとんど起こりはしないのだけど、それは普通の恋人同士の間に起こり得ることと、ほとんど変わらない頻度ではあるのだけど、心配な私は、二人が一緒にいる間、窓から離れられない

嫌がらせに呼んでみた。

「マコちゃーん」
返事はない。
でも、ムカついてる私は連呼する。
「マコちゃーん」
「真琴ちゃん、何?」
ようやく顔を出したお兄ちゃんに、
「なんでもないです。お兄ちゃん」
と、私から『マコちゃん』の名を奪っていったクソ豚にせいぜいの嫌味を言ってやった。
「?」

でも全然、私の意図を分かってない様子で首を傾げる彼に、ちょっと寂しくなる。
 
何故って、こんな豚野郎でも、長年『お兄ちゃん』と呼び続けてれば、情もうつってくるだろうというものなのだった。
 
再び閉められた窓の向こうからは、
「マコちゃん、もっと太んなきゃ駄目だよ。もっと太んなきゃお金にならないよー」
無責任に煽る姉さんの声が聞こえて来る。

美少年が好きじゃなかったのか、とかいう以前に、そういう愛し方もあるのか、と、ちょっとだけ感動しかけた。
でも、太るのは困るな。

(これ以上太ったら、私が困る)

すると途端に、
(どうしてえ?)
嫌なこと、汚い言葉を代行して言ってくれる、私の中の姉さんが、意地悪な顔で訊くのだ。
「さて、なんのことでしょう…」
どうせ誰も見ていないことだし、大きな口を開け、あくびをひとつ
私は、窓辺で机に伏せる。


夢の中――
この夢は、今から四、五年は経ってるのだろうか?
 
いま私の目の前には扉があって、その向こうには何か素晴らしいものが待っている。

そして私の横には、彼がいる。

姉さんが居なくなったあといろいろあって、いざ付き合う段になっても「本当にいいんだろうか」って悩んでた私の手を取って決心させたこの馬鹿に、最初から諦めてたオタクはともかく、デブだけは止めさせることに、私は成功していた。

そして今また、夢の中でしか許されない陳腐な台詞と仕草で、彼が私の手を取る。
私は、上手く笑えない。
彼のつむじには、伸ばした髪で隠してはいるのだけど、一〇円玉サイズの禿げがある。
そう――だから私には、たったひとつだけ、イヤな言葉がある。

「ドラ」

それはとともに、彼を奪っていってしまう言葉だ。
あの時私は――
 
「『お兄ちゃん』を未来に連れて行って、それで、いいのですか?」

それから、

「私では、駄目なのですか?」

そう、見田村さんに訊ねるつもりだった。

結局、答は一つしか無い。

私が、いま『現在』に生きている――そこにしか、答えはあり得ない。

の手を握る。
 
あの日、私の身代わりとなったコピーを再利用して、新たに作られた彼のコピー

二つ返事で見田村さんの申し出を受け入れたは、姉さんには何も知らせずにおこうと、コピーの彼と決めたのだという。だから、姉さんが『現在』から居なくなるまではコピーの彼が恋人として過ごし、それから未来に連れていかれた方の彼が、コピーの彼の同一人物として姉さんと再会するのだと――そういうことになるのだという。

二人の彼がいたことは、最期まで、秘密にしておくのだと。

未来に連れてかれた方の彼と、姉さんがどうなったかについては、あまり心配してない
 
これでいいのだと、きっとその日、私は繰り返すのだろう。姉さんと同じ飛行機で、事故に遭ってしまう人たち。特に男性の方々には済まなく思うのだけど、それは事故が起こるのだと、私が知ってるからこそ起こってくる気持ちなのだと――「これでいいのだ」と、口に出して思うしか無い。

そしてどう思ったところで、後ろめたさを消し去ることは出来ないのだろう。

きっとあの日、見田村さんの行為の意図が理解できず、「だったら、お兄ちゃんをコピーするだけでいい筈なのに…」疑問に思いながら眠り、夢の中で、
 
(単純に、私の命をたすけてくれようとしただけなんだ)

気付いて、目が覚めたら、たくさん涙が出てた――あの時の気持ちみたいに、これからも、いくつも積み重なっていくに違いない。

それより心配なのは…それだけが心残りで、そして私だけでは知り得ないことだ。

顔が浮かんだ――自分の愛する女性を奪っていく人を、わざわざ未来から迎えに来たお人好し

「真琴ちゃん、行こうか」
「はい。誠さん」

ようやく、私も笑えた。
それは、こんな夢の中だけでなく、いつだって変わらず願っていることではあるのだけど。

――あのお人好しにも、どうか幸せな未来が訪れますように。

机は、そのままにしておくからね。




bennym at 13:03│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote ライトなラノベコンテスト | 彼の未来にも

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